"1"に気付けるか?



#### 100 ご機妍よう、しろかです。 メカニカル感覚派記事100本目ということでちょっとポエミーな記事を。

そもそもこのブログは、windows に嫌気がさした筆者が Linux を使ってみるというところから始まりました。 まさにこれが、「"1"に気付けるか?」という態度だと考えています。

多くのヒトは、windows が不便だということに気づいていません。 それは windows が 0 ではなく 1 であるためです。

"1" とは何か? いくつかのニュアンスがありますが、いずれもおおまかな意味は「デファクトスタンダード」に近しいです。 みんなが選んでるから選ぶ。不便が出ない。なので満足してしまう。 そこで思考が停止する。脳の体力が落ちる。 選択肢が見えなくなる。

たしかに windows は最低限問題ないどころか、完成度が高い OS です。 (もちろん "1" に気付けるヒトからは酷評の嵐ですが。)

ではなぜ windows を「選び」ましたか? Mac は考えましたか? Linux という選択肢は見えていましたか? 本当に自由意志をもって windows を「選択」しましたか?

いわゆる「不便」という実害を伴うため、多くの場合 "0" に気づくことはできます。 しかし "1" に気づくことはできません。 ヒトの脳には "現状維持バイアス" が大きく摩擦しているからです。 「困ってない」「変えるの面倒」「マイナス効果が出たら嫌だ」などを言い訳に、稚拙で蒙昧な言い訳で、思考を放棄し、選択肢から目を逸らしています。

もちろん筆者もヒト属の生物ですので、このような思考に囚われてしまうこともあります。 そうならないよう自戒も込めて、現状維持バイアスに囚われたヒトのことを「脳の容量が小さい」と強い言葉で揶揄えています。

「iPhone触るのはアレルギーが出のでちょっと...」 「不便で楽しいからLinux使おうよ〜〜〜」 よく冗談めかしてこのようなことを口にしますが、これは建前です。 " 脳の容量が小さくてつまんないな、オマエ。 " と言っているわけです。お気づきでしたか?

では、どうすれば "1" に気付けるのでしょうか? わかりません。 筆者はただの一般人なので。

ですので、筆者個人が心がけていることを発表します。 それは「即決、即行動」ということです。

「選択肢があって迷う」を言い訳にして行動を先延ばしにしない。 「失敗したり困ったらイヤ」を言い訳にして選択を先延ばしにしない。

選択肢があったときにパッと決める。やってみようと言ったらやる。 とにかく軽々しく行動するフッ軽...頭のフットワークが軽い (?) ヒト属であるようにしています。 筆者と近しい関係のヒトは心当たりがあると思います。 あったら嬉しい。あってほしい。

行動すると体力が付き、次第に "脳の容量が大きく" なる。 そうすると、色々なことを立ち止まって考える余力ができる。 立ち止まって考えると選択肢が見えてきて、また行動したくなる。

そうは言ってもやはり、最初の "行動" はハードルが高い! その対策として、筆者が "フッ軽" のヒト属であるための思考を開示しますので何かの足しになれば嬉しいです。

"1" に気づき、変化を目指して選択し、行動するとき、どうしても自分の中の理想である "100" を求めてしまいます。 わざわざ考えたし、折角行動したし、それに見合う結果を求めてしまうものです。 しかしそれでは要求値が高すぎて、ハードルが上がり続けてしまいます。

"2" を楽しむ。 それどころか、"0.6" を楽しむ。

思ったように変化が出てなくても、変わった部分に目を向ける。 失敗したら、とっとと次の行動を起こしてもいいし、しばらく "0.6" のまま試行錯誤したっていい。

最後なのでカッコよく書いたが、結論としては「まぁとりあえずやってみるか。」と軽いノリでいろいろやればいい。以上! その結果が "浅い知識で深く理解しないままなんとなく"。 でもこれでOK。深い思考や知識は行動の結果についてくるモノ。

凡庸な言語活動ですが、行動しなければ何もはじまらないので、今後もフッ軽人間でありたい。 また、個人的な話ですが、会社人になったことで自由の幅が上がったので頭だけでなく、実際の身体もフッ軽なヒト属にもなっていきたい。 じゃ、今回はこの辺で! お疲れ様でした〜